現存12天守のひとつ松山城へ行ってきた
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現存 12 天守のうちのひとつで 国の重要文化財にも指定されている松山城へ行ってきました🏯 松山城は愛媛県の県庁所在地・松山市にあるお城で、江戸時代後期の安政の時代に再建されたということもあって現存 12 天守の中では最も新しいのだそう。そんな松山城を訪れ、内部を見て回ったり天守からの景色を見たりしてきました。
やってきたのは、松山城跡に広がる都市公園「城山公園」の東側。ロープウェー街 という商店街があり、通り沿いには愛媛の名物だという鯛めしのお店や、愛媛といえば真っ先に頭に浮かぶ特産品の柑橘関連の商品を取り扱うお店などが並びます。
ロープウェー街の南側に広がる松山市内最大の繁華街・大街道エリアにあるアーケード商店街 大街道商店街 や、その南端から伊予鉄道松山市駅へと続く 松山銀天街商店街 と合わせると 1km を超える長さになるのだそう。繁華街ということもあり、周辺は地元の方や観光客で大賑わい。大街道と比べると、ロープウェー街は観光客の割合が高めかな?という印象を受けました。
そんなロープウェー街の北側にあるのが、松山城ロープウェイのりば。松山城の本丸は「勝山」という山の山頂にあり、その標高 132m。歩いて登っていくルートも整備されているようですが、訪れた日は天気が悪かったのと、そもそも体力的に厳しすぎるのとで、山の 8 合目付近まで運行しているロープウェイに乗って移動することにしました。
ロープウェイは山麓駅『 東雲口 』から山頂駅『 長者ヶ平 』の間で運行されていて、ロープウェイだけでなくスキー場などで見かけるようなリフトがすぐ横に整備されています。乗車料金は片道 270 円、往復で 520 円となっていて、券売機では Suica や ICOCA といった交通系 IC カードなどのキャッシュレス決済にも対応。ロープウェイかリフトのどちらか好きな方を選んで乗ることができます。
リフトのほうは常にぐるぐると動いていて、ロープウェイのほうは「10 分毎に発車します」という案内がありましたが、その上に「臨時運行中」という表示が出ていて、訪れたのが休日で利用客が多いためか 10 分よりも短い間隔で高頻度運行がされているようでした。
ロープウェイかリフトかで一瞬迷いましたが、直前までポツポツと小雨が降っており、座るところが濡れていそうということでロープウェイを選択。長い列の最後尾に並び、前に居た人たちがゴンドラへと乗り込んで出発していくのを見送ってから、続いてやってきたゴンドラに乗車します。
私の前には 3 人ほどのグループが 1 組だけだったので「ワンチャン景色のいい場所を取れないかな?」と思ったのですが、やはり皆考えることは同じ。登っていくロープウェイの後方の場所は確保できずでした。景色を楽しみたいならリフトを利用するのが確実ですね。
今回は往復のチケットを購入したのですが、行きはロープウェイで帰りはリフト、というような利用も可能とのことだったので、雨が降っていなければ降りるときはリフトに乗ろうと決意。
山麓駅『 東雲口 』から山頂駅『 長者ヶ平 』までの乗車時間はおよそ 3 分ほど。移動中には松山城山ロープウェイやリフト、これから向かう松山城についての音声案内が流れていたのですが、愛媛の方言を交えつつの内容となっていたのが特徴的でした。「おいでたなもし」は愛媛の方言で「いらっしゃいませ」、「だんだん」は「ありがとう」という意味なのだそう。
ゴンドラの窓から横を見てみるとリフトに乗っている人も結構多くいたので、意外と座るところがびしょ濡れという感じではなかったのかも。子どもたちはリフトで、親はロープウェイで…というグループも見られ、手を振り合ったり大人たちの間での談笑を聞いたりしていると、なんだか穏やかな気持ちになりました。
あっという間に山の 8 合目付近に到着し、ゴンドラから下車。ロープウェイを降りてすぐのところには土産物店があり、愛媛らしい「いよかんソフト」のポスターが目を引きます。お店の前でソフトクリームを食べている人も何人か見られ、つい手を出してしまいそうな気持ちになります。
そんな欲望をどうにか抑えつつ、その土産物店で自宅と実家へと送る用の絵葉書を購入。以前から「旅先で購入した絵葉書を旅先から送る」というのはやっていたのですが、各地の郵便局に 風景印 という、それぞれの郵便局にゆかりのある風景や名所を描いた消印の存在を知ってからは、その辺のテキトーな郵便ポストに投函するのではなくて郵便局へ行って出すようにしています。
今回は土日を利用しての旅行で営業している郵便局が限られていたので、松山中央郵便局 から絵葉書を出しました。風景印の意匠には道後温泉本館や句碑の他にこれから向かう松山城も大きく描かれていて、松山城の写真が入った絵葉書にはピッタリの風景印でした。
土産物店の横からは、段差が小さめな階段と緩やかなスロープがある歩道が続きます。山の 8 合目付近までは自分の足で歩かずに楽をすることができましたが、ここから山頂までは頑張って登っていく必要があります。まあちょっとだけなら余裕だろうと思っていたら、ジメジメとした暑さも相まってなかなか大変な道のりです。
本丸を支える石垣の周りをぐるぐると歩きながら、天守のある城山公園本丸広場を目指します。松山城の石垣はほとんどが初代城主である加藤嘉明によって築かれているそうで、一番高いところでは 17m もの高さがあるのだそう。中でも「登り石垣」という山腹から侵入しようとする敵を阻止するためにつくられた石垣は、全国で最大規模を誇ります。
石垣を登っていこうだなんて到底考えもつかないような上部のきつい反りを見ると、日本の城が権力の象徴としての目的だけでなく、戦が絶えない時代に築かれた軍事拠点であったことを改めて感じさせられます。
時折その姿を石垣と生い茂る木々の間からチラリと覗かせる、松山城の天守。坂道を登っていくにつれて徐々に近づいていき、いくつかの門をくぐってようやくたどり着いた本丸広場ではっきりと全体を眺めることができました。広場の中央付近には、初代城主の加藤嘉明をモチーフにしたと思われる「よしあきくん」と「重要文化財 松山城」の看板が設置され、国内外から訪れた多くの観光客が記念撮影をしている様子が見られます。
ロープウェイを降りたときには抑えられた欲望も、汗だく状態になれば抑えきるのは至難の業。天守のある山頂まで登りきったところで、再び姿を現した土産物店の伊予柑ソフトの誘惑に無事敗北しました。支払い方法は現金のみでお値段は 600 円、淡いオレンジ色をしたソフトクリームの横には鮮やかなオレンジ色をしたジュレのようなものがトッピングされています。
甘酸っぱくて、ほんのり苦みのある伊予柑の味。山登りで火照った身体に、冷たいソフトクリームがよく染みます。伊予柑の果肉を感じられるトッピングがされている点もそうですが、コーンでできた食べられるスプーンが付いているなど結構凝ったデザインのソフトクリームとなっていて、お値段以上の満足感がありました。
伊予柑ソフトをシャリシャリと食べながら周囲を見渡すと、山の山頂にあるというだけあって松山の街並みや瀬戸内海が一望できました。より高い位置にある天守まで行けばさらに綺麗な景色が見れるだろうと思うと、期待感が高まります。
松山城の天守を臨みながら涼を取り、椅子に根を張りそうなのを振りほどいて、いざ松山城の中へ。松山城の天守観覧料金は 520 円とかなりリーズナブル。キャッシュレス決済にも対応していて、支払いもスムーズです。
これまでに現存 12 天守としては兵庫県姫路市の 姫路城 と島根県松江市の 松江城 に行ったことがありますが、姫路城は 2,500 円、松江城は 1,200 円とどちらも 1,000 円を超えています。松山城は往復のロープウェイの料金と合わせても 1,040 円と、大変お財布に優しくて助かります。
天守の石垣の周りを移動して、やってきたのは重要文化財に指定されている「穴蔵」という場所。天守の地下一階にあたり、穀倉や米蔵という俗称で呼ばれることもある場所で、約二千俵もの米を貯蔵することが可能といわれています。現在は天守の入口として使用されていて、すぐ横には「天守入口」の看板が設置されていました。
松山城は、近江国の 賤ヶ岳 付近で起きた羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家の戦いにて「賤ヶ岳の七本槍」の 1 人として名を馳せた武将・ 加藤嘉明 によってつくられた城で、慶長 7 年(1602 年)に築城を開始した後 26 年の歳月をかけて築かれました。
本丸は先述の通り標高 132m の勝山山頂にあり、中腹に二之丸、西山麓に三之丸が置かれ、二之丸から本丸にかけての急斜面は道中でも見た「登り石垣」で結ぶことで一体化して防御能力を高めるという特異な構造をしています。創建当初は 5 重の天守を持っていたそうで、別名として 金亀城 や 勝山城 という名で呼ばれることもあるそうです。
城内にはこうした松山城の歴史や加藤嘉明についての展示がされているほか、歴史ある巻物や書物、刀といった貴重な資料が並びます。外の様子を窺ったり射撃をしたりするために城の壁に開けられた穴「狭間」に火縄銃を構えてみることができる体験コーナーがあったり、実際に刀を手に持ってその重さを感じられる展示があったりと、ただ展示物を見せるだけではないところに工夫が感じられました。
私も実際に刀を持ってみましたが、想像していた以上に重たかったです。こんなものを持って、振り回して、さらに色々なものを斬るだなんて、ちょっと想像もできないですね…。
天明 4 年(1784 年)に落雷により天守をはじめ本壇が焼失した松山城は、その後すぐに復興許可は下りたものの財政難などにより工事は難航。嘉永 5 年(1852 年)にようやく竣工し、安政元年(1854 年)には落成式典が盛大に行われました。現存 12 天守のうちのひとつではありますが、築城された当時のものがそのまま残っているわけではなく、江戸時代に再建されたものが現在の天守ということのようです。
再建されたものとはいえ、建てられたのは江戸時代ということで大変歴史のある建物。内部は急な階段や段差がそのまま残されており、当時の人々に比べて圧倒的に足腰が弱い現代人の私にはなかなか移動が大変でした。
展示物を見て回り、階段を上ってようやくたどり着いたのは松山城の最上階である天守。東西南北それぞれの方角の景色を眺めることができるようになっていて、最上階というだけでなく、山の山頂にあるということで非常に高い位置から松山の街並みやその先に広がる瀬戸内海の姿を見ることができます。
東側には愛媛を訪れる際に近くを通ってきた石鎚山や道後温泉、南には伊予鉄道の松山市駅や松山の繁華街エリア、北から西にかけては瀬戸内海が広がります。訪れた日は雲の多い空模様ではありましたが、幸いなことに松山城を訪れている間は雨も降っておらず、雨粒に邪魔されることなく各方向の景色を堪能できました。
人はそれなりに多くいましたが混雑して落ち着いて景色を見ることができないというほどでもなく、抜けていく風が気持ちよくて居心地が良かったです。
天守を出た後は、再び坂道を通ってロープウェイ乗り場へ。しばらく雨が止んでいたので、今度こそはとリフトに乗り込みました。下りのときのほうが高いところから見下ろす形になるので景色は最高。ふと横を見ると柑橘系の果実がなっている木が生えていて、愛媛らしさを感じました。
松山市にある現存 12 天守のうちのひとつ松山城へ行ってきましたが、想像していた以上に規模が大きく、見どころもたくさんあったので非常に楽しめました。日本史について、正直なところ全然詳しくなくて武将や将軍の名前やら何々の戦いとか言われてもちんぷんかんぷんなのですが、じっくり展示を見て回ったので少しは詳しくなれた…気がします。
今回は時間や天気の関係で天守やその周辺のみの訪問となってしまいましたが、また訪れる機会があれば西側に広がる二之丸や三之丸の跡も見に行きたいです。