国連UNHCR協会へ寄付を始めた話
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難民への支援・保護などを行う機関 国連 UNHCR 協会への寄付を始めました🤝 UNHCR は国連難民高等弁務官事務所(The office of the United Nations High Commissioner for Refugees)の略称で、1954 年、1981 年と 2 度にわたりノーベル平和賞を受賞している国連の難民支援機関です。
国連の機関といえば、国連児童基金(UNICEF) や 国際連合教育科学文化機関(UNESCO) が有名で、実際に私もそれくらいしか名前を知らなかったのですが、調べてみると様々な専門機関や基金、計画などがありました。その中のひとつが UNHCR で、その UNHCR の活動を支える日本の公式支援窓口が 国連 UNHCR 協会 ということのようです。
きっかけは、旅行先の駅前で広報活動をしていた方に話しかけられたこと。泊まりでの旅行を終え、帰りの移動のために乗る高速バスを待っている際に、そのバスターミナル近くで UNHCR のロゴが入った服や帽子を身に着けた方に声を掛けられました。まだバスの出発時刻まで 1 時間近くあったので「まあ、話を聞くだけなら…」とうんうん頷いていたのですが、旅行の高揚感と疲労感、それから元々の断るのが苦手な性格により寄付をすることになりました。
説明中は「このあと現金でいくらかお渡しする感じになるのかな?」と思っていたのですが、毎月継続して寄付をしてほしいという話になり「申し込み用の資料なんかを受け取って、後から申し込みをする感じになるんだろうな」となり、最後の最後で「では契約するのでクレジットカードを出してください」となって、ちょっともう引き下がれないぞ…という流れ。
難民の方々への支援に寄付をすることはめちゃくちゃ人道的で誇るべき行為だとは思うものの、普段買い物をするときや新たにサブスクサービスを契約するときには数週間から 1 か月、最低でも 3 日くらいは悩んでからお金を払うようにしているので、その場で毎月 6,000 円という金額を支払うことになったのは正直今でもモヤモヤしているところです。
高速のバスの中や、途中で乗り換えた新幹線の中、帰宅してシャワーを浴びているときには、ずっと旅行中の楽しかった思い出ではなくて「なんで断れなかったんだろう…」「6,000 円って旅行中に店に入って食べた食事の合計金額より大きいよな…」ということばかり考えていました。
国連 UNHCR 協会への寄付を始めましたが、ちょっと出会い方があまり良くなかったのかなという感じ。しばらくは継続するつもりではありますが、こんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま支援し続けるのは、果たしてどうなのか…というのが正直なところ。
とはいえ、得たものが何もなかったのかと言うとそうでもなく、難民を支援する UNHCR という機関があることを知らなかったので非常に勉強になりましたし、寄付をするに当たってウェブサイトやその中に掲載されている活動報告などを読ませていただいて、難民の方やこのような活動をしている人たちの支えになっているのだなという実感が得られました。
また、そもそも毎月継続的に寄付をするという形態があるということ自体を知らなかったので、それを知ることができたのはとても良かったと思います。よくある募金箱にお金をいれるやつとか、オンラインで単発で寄付するようなやつしか頭になかったです。
私は現在、実家を離れて大阪に住んでいますが、生まれ育ったのは石川県です。石川県では 2024 年の元日に大きな地震があり、帰省していた私も大きな揺れを感じましたし、私の実家のある地域は幸いなことに被害は少なかったものの、ゼロではありませんでした。国連 UNHCR 協会への寄付の件をきっかけに、地元である石川県へ何か恩返しができる方法はないか考えたり、能登への支援を継続的にできる方法はないかというのを調べたりしたので、そういう意味では良い出会いだった…と思うことにしています。決して悪いことではないですのでね。
皆さんも、困っている人たちのために自分に何かできることはないのか考えてみる日を作ってみても良いかもしれません。あと、寄付をするときはちゃんと心から「やってよかった」と納得できるような状態でしたほうが良いですね。勉強になりました。