兵庫県立兵庫津ミュージアムへ行ってきた
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平安時代には日宋貿易、室町時代には日明貿易と、今から千年以上も昔から国内外との貿易の拠点として栄えた港「 兵庫津 」。明治時代に入ってからも初代兵庫県庁が設置されるなど、兵庫津は「兵庫県のはじまりの地」として発展してきました。そんな兵庫津について学ぶことができる博物館 兵庫県立兵庫津ミュージアムへ行ってきました🏛
神戸市営地下鉄海岸線の 中央市場前駅 から、神戸市中央卸売市場の前を歩いていくこと約 5 分。交差点の角に見える白い建物が、今回訪れる 兵庫県立兵庫津ミュージアム です。ガラスの多いモダンな外観をしていて、博物館というよりは美術館のような雰囲気があります。
兵庫県立兵庫津ミュージアムは「ひょうごはじまり館」と「初代県庁館」の 2 つの施設で構成されており、初代県庁館が 2021 年、ひょうごはじまり館が翌年 2022 年にオープン。どちらも令和に入ってから開館した新しい施設となっていて、何も知らずに訪れた私は建物の綺麗さにものすごく驚きました。
営業開始から 1 時間が経った午前 10 時に訪れたのですが、神戸の繁華街である三宮や、神戸ポートタワー などがある観光エリアから離れていることもあってか人は少なめ。ちょうど訪れた日から展覧会『秋山美歩のPAPER ZOO ― 色と形に恋する、紙のいきものたち ―』の開催が始まるようで、子供連れの家族が 1 組階段をのぼって上のフロアにある企画展示室へと向かっていきました。
特別展のほうも気になりましたが、今回は時間の都合もあり 1 階の常設展のみを見て回ることに。観覧料はわずか 300 円となっていて、このチケット 1 枚でひょうごはじまり館の常設展と初代県庁館の有料エリアを見ることができるとのこと。支払い方法は現金のほか、クレジットカードや各種バーコード決済が利用可能でした。
展示エリアへと足を踏み入れると、まず最初の場所は「地形サミット」という兵庫津が発展した理由について説明する映像が流れていました。軍記物語『平家物語』で知られる平清盛、室町幕府第 3 代将軍の足利義満、日本の初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文の 3 名の偉人が会話形式で兵庫津について説明するというユニークな映像で、港としてよい条件を満たす地形によって兵庫津が栄えたのだということが語られます。
兵庫津は古代には 大輪田泊 と呼ばれ、その名前が初めて記録に現れるのは奈良時代のこと。それより前は現在の神戸市灘区にあたる場所にあった 敏馬浦 という港が主に使われていましたが、六甲山が隆起したことにより生まれた大きな船を泊めることができる深い海と、明石海峡の潮流によって運ばれた砂がつくった西からの波を防ぐ和田岬など、港として優れた大輪田泊が敏馬浦に代わって利用されるようになりました。
時代は移り、平安時代。保元の乱・平治の乱と、度重なる戦に勝利し武士としては初めて太政大臣にまで上り詰めた平清盛は、その後すぐに太政大臣を辞任し仁安 4 年(1169 年)には現在の神戸市兵庫区北部にあたる摂津国八部郡福原に別荘を構え隠棲することになります。
そこで、清盛は私財を投じて荒れていた大輪田泊を改修し、それまで博多で行われていた中国・宋朝との日宋貿易を大輪田泊で行うなど港の繁栄の礎を築きました。当時先進国であった宋からは、陶磁器などの工芸品、絵画などの美術品、宗教の経典などの書籍といったものが輸入され、これらは「唐物」と呼んで珍重されたそう。
日本からは木材や日本刀、金銀銅や水銀といった鉱物、火薬の原料となる硫黄などが輸出され、特に木材は中国では貴重であったことから良質な日本産の木材は珍重されたようです。お互い欲しいモノを得られて、Win-Win な関係だったんですかね。
貿易によって発展する福原。治承 4 年(1180 年)に、清盛は高倉上皇やまだ幼い安徳天皇を伴い福原への遷都を強行します。その後すぐに新しい都の建設が検討されたものの、測量の結果面積が足りないことが判明し、京域を縮小する案のほか、別の場所が新しい都の候補地にあがりました。
しかしこの計画は取り止めとなり、福原周辺の土地を開拓して貴族に宅地を与えたものの、この福原の新都は源氏の蜂起などにより未完成のうちに終わります。この兵庫津にはかつて日本の首都が置かれましたが、その期間はわずか半年ほどと非常に短く、まさに「幻の都」となってしまったのでした。その後は学校の歴史の授業などでも習った通り、平家は一ノ谷、屋島、壇ノ浦の戦いで敗れ、栄華を誇った平家は滅亡することとなります。
鎌倉時代に入ると、この地は周辺にあった「兵庫三箇荘」という荘園の名前から「兵庫津」と呼ばれるようになります。大輪田泊が兵庫津へと変化し、瀬戸内海交易の一大拠点として発展していくと、東大寺や興福寺などの大荘園領主でもあった寺院が交易に関わっていたこともあり、仏教者たちの活動が活発化しはじめます。
東大寺の再建で活躍し、大輪田泊の修築にも尽力した 重源 や社会事業で人々を救い多くの人たちを教え導いた 叡尊 といった僧など、様々な仏教者がこの地を訪れました。踊りながら念仏を唱える「踊り念仏」を広めたことで知られる時宗の開祖・一遍もこの地を訪れ、遊行の末に兵庫津で最期を迎えたのだそう。
本当に偶然なのですが、この兵庫県立兵庫津ミュージアムを訪れる少し前に愛媛・松山の 道後温泉へ旅行 していて、そのときに一遍の誕生地という 宝厳寺 というお寺を訪れていました。偶然生まれた場所を訪れた後に、偶然亡くなられた場所を訪れるということで、展示を見ながらなんだか運命的なものを感じていました。兵庫県立兵庫津ミュージアムの西側にある兵庫運河を渡った先には 真光寺 というお寺があり、そこに一遍のお墓が残っているとのことです。
元弘 3 年(1333 年)、鎌倉幕府が滅亡し 後醍醐 天皇による「建武の新政」が始まりましたが、新政と折が合わなかった 足利尊氏 は建武 2 年(1335 年)に挙兵。一時は京都を追われて九州へと退いたものの、そこで力を蓄え京都を目指して東上。後醍醐天皇方の 新田義貞 や 楠木正成 らとぶつかり、当時西国から京都へ荷物を運ぶ重要な港であった兵庫津の争奪をかけた「湊川の戦い」が勃発しました。
戦いは足利軍の大勝利に終わり、尊氏は征夷大将軍に任じられ室町幕府が成立します。第 3 代将軍 足利義満 の時代になると、中国・明朝の 永楽帝 から「日本国王」として認められた義満によって日明貿易が行われるようになりました。その際に使われた貿易船の発着港となったのが兵庫津で、幕府の保護のもと「日本国王の港」として繁栄することとなります。
戦国時代末期には城下町として大改造され、江戸時代には日本有数の港湾都市としてさらなる発展を遂げた兵庫津。江戸時代末期に入ると、1853 年のペリー来航をきっかけに徳川幕府とアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスとの間に安政五カ国条約が結ばれ、兵庫は外国に開かれる港のひとつとなりました。
江戸幕府の直轄領であった兵庫津は、明治維新後初めての外交事件となった神戸事件への対応のため 東久世通禧 と外国掛の 岩下左次右衛門 や 寺島陶蔵 、そして後の初代内閣総理大臣である伊藤俊介(博文)らが派遣され新政府の支配下に入ることになります。慶応 4 年(1868 年)には兵庫県が設置され、その初代知事には当時 26 歳だった伊藤俊介(博文)が任命されました。
伊藤博文が初代内閣総理大臣という話は有名なので知っていましたが、その伊藤博文が初代兵庫県知事も務めていたというのは知らなかったので驚きました。いきなり国のトップになったわけではなくて、外国との事件への対応から県のトップ、そして内閣総理大臣と順番に出世していったんですね。
明治 4 年(1871 年)の廃藩置県とその後の行政区画の全面改正によって、現在の兵庫県域は兵庫・飾磨・豊岡・名東の 4 つの県に編成。明治 9 年(1876 年)には飾磨県と豊岡県・名東県の一部が兵庫県へと編入され、ほぼ現在と同じ県域が確定することになりました。
ひょうごはじまり館の展示を見終えた後は、一度外へ出てお隣の初代県庁館へ。こちらは慶応 4 年(1868 年)の兵庫県誕生とともに置かれた最初の県庁の建物を復元した施設とのこと。いくつかの建物に分かれていて、県庁舎内へ入る場合は「ひょうごはじまり館」で購入したチケットの提示が必要になります。
木造の建物はなんだか新築の家のような雰囲気で、非常に綺麗なもの。初代県庁館についての説明が書かれた展示がされているほか、どこか洋風な雰囲気が感じられる絨毯が敷かれ、立派な机と椅子が置かれた知事執務室などがありました。
有料なのは県庁舎だけで、敷地内にある他のエリアは無料で入ることができるとのこと。隣のイベント広場で子ども向けのイベントが行われていたようで、近くから賑やかな声やミニ SL トレイン・ミニ新幹線がガタゴトと動く音が聞こえてきました。
ひょうごはじまり館と初代県庁館の展示を見終えたところで、時間を見るとちょうど 11 時。初代県庁館内にあるミュージアムカフェが 11 時から営業開始とのことだったので、中へと入って少し休んでいくことにしました。
ものすごく丁寧な接客を受けながら「昔なつかしミックスジュース」を注文。お値段は 550 円、支払いは現金のみとなっていました。飲んでみると、フルーツ牛乳っぽい味でたしかに懐かしい感じの味。ヨーグルトっぽい酸味がほんのりと感じられます。
近くに座っていた他のお客さんがビーフシチューセットを注文していて、美味しそうな匂いがふわふわと漂っていて食欲をそそられました。今回は予定の都合で飲み物だけでしたが、次に訪れることがあれば今度はぜひ食べてみたいです。
兵庫県立兵庫津ミュージアムへ行ってきましたが、なんとなくで訪れたにも関わらず展示内容が興味深くてあっという間に時間が経っていました。兵庫の地に短い間ではあるものの日本の首都が置かれていたというのも知らなかったですし、初代兵庫県知事が初代内閣総理大臣の伊藤博文ということも知らなかったので、展示を見ている間は常に驚きの連続でした。
まだオープンして数年しか経っておらず、建物も非常に綺麗で展示内容も見やすく、とても楽しめました。